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アフターダーク

村上春樹氏の「アフターダーク」を御存じだろうか。村上春樹氏特有のカフェでお洒落に読む話という感じではない、少し毛色の違った小説である。(実際にはカフェで読んでいたら、頭の処理が追いつかなくなるくらい観念的で興味深いのだけれど)

 

私が「アフターダーク」に出会ったのは、中学生の時であった。

教科書に載っていた村上春樹氏の短編が非常に面白かったので、

村上春樹さんの作品を読んで見よう!」となったのだった。

 

本屋に行って、村上春樹の筆者名を探す。多くの本が並べられていた。

私はその中で、比較的薄くて読みやすそうな題名を選んだ。

 

が、それが間違いだった。中学生の私には、何が何だか分からなくて。

教科書に載っていたそれとは違う雰囲気に途中で読むのを諦めたか、読んでもそう

きちんと読んでなかったと思う。

 

 

中学・高校と重松清氏にどっぷりハマっていたので、他の作家はちらほらという感じで、それ以来、村上春樹作品を読んでいなかった。

 

大学生になって、ひょんなことから「1Q84」を読む。

…おもしろかった。最初の方はあまり面白くなかったが、読み進めるうちに

のめり込まれるというか、引きずりこまれるというか。

 

勢いに乗って、他の作品も読んだ。多崎とか、ノルウェイとか。

けれどもやはり、「アフターダーク」は読み返す気にはなれなかった。

 

 

そこから数年経った今、講義の為に「アフターダーク」を読んだ。

 

…これ、案外面白いんじゃ…。

 

自分の中から湧き出される感情に驚きを隠せない。

 

そして、講義を聴く。教員の見方が非常に興味深い。村上春樹氏くらい観念的だと

分析する方も謎解きをしているようでたまらないだろうな。そんなことすら思って、講義を聴く今日この頃なのであった。

 

 

 

…。

ここまで書いて何が言いたかったのかというと、村上春樹さん作品大好き!とかそういう話ではなくて、中学の時に分からなかった世界(きっと今も分からない世界も多くあるけれど)を、今の私が少し理解しているという事実だ。それは、嫌いな食べ物が食べられるようになった感覚に似ている。皆さんも、知らないうちに嫌いな食べ物減ってきているのではないか。不思議と、大人になったような気がする。

 

 

気づかないうちに、時計は着実に前に進んでいるのだな。というようなことを、思った金曜の夜。